古くから農業・農村社会の宮古島は、干ばつ・台風等の自然災害が常に生活と同居し、自然災害から生活をいかに守るかという自然との戦いの歴史がありました。
 昭和46年に180日間で降雨量162mmという大干ばつに見舞われ、宮古の農業は壊滅的な打撃を受けました。その被害は、サトウキビで平均反収の約7トンがその年1.25tと悲惨なものでした。本土復帰の世替わりを契機に「畑に水を、若人に夢を」を合い言葉にかんがい事業の実現に農民は立ち上がり、国や県、関係機関に繰り返し陳情してきました。その働きかけが実り昭和62年に国営かんがい事業が着工となりました。
 事業は地下ダムにより約2,400万トンの水源をに確保し8,400haに畑地かんがいを行うという大規模なものです。川のない宮古島に2,400万トンを貯える地下ダムが世界に先駆けて、完成したということは常識では考えにくい奇跡的な事業であり、また長い間苦しめられてきた 干ばつ を知らない「水利用農業の展開」が可能になるということは、農業の歴史から見ると「宮古の農業改革」といえるほどの大偉業であります。

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